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第6回 「野口晴哉先生がされていたことを理解するためにエドガー・ケイシーを読んでいました。」
でも、高校卒業したら自衛隊に入られましたよね?
それはこういうことです。高校卒業して18才のときに山根寛子さんという野口整体の先生のところに弟子入りしました。野口晴哉先生は近衛文麿さんの娘さんと結婚されて皇室にとても近いこともあり、ちょっと畏れ多かったんです。直弟子になるのも金銭的に大変だったので、優秀なお弟子さんを紹介して下さいということで山根先生のもとで勉強することにしました。

当時はまだ筋無力症の症状が「消えてはぶり返し、消えてはぶり返し」を繰り返していたんです。それで「治してもらえたら弟子入りします」という交渉のもと整体をしてもらい、結果弟子入りすることになりました。

ところが病気が治ってみるとつまらないんです。そこに来るのは病人ばっかりですし、まだ僕も若かったですから・・・。それで「1年だけ外に出てきていいですか?」とお願いして自衛隊で一番厳しいと言われた空挺部隊に入りました。最初は1年の約束でしたが結局1年3ヶ月いて、山根先生のもとに戻りました。ところが戻る2日前に山根先生はくも膜下出血で倒れ意識不明。僕が戻ったあとに意識は取り戻しましたが半身不随になられたので、山根先生から何かを学ぶ、というよりは看病をするほうが多かった気がします。

でもそこには膨大に古い野口先生の資料がありました。最終的な操法になる前にどういった操法を経てきたのか、そういったことを勉強させてもらいました。
野口先生からの直接の教えというのは受けられたんですか?
講習会とか毎月の勉強会とかですが・・・。でも野口先生の整体は巧すぎて見てると弟子はみんなガックリくるわけです。先生のされることが神業すぎて誰も真似できない。
技術ではないところで人が治っていったわけですか?
技術以前ですね。オーバーに言えば、患者のほうが野口先生に合わせてくれるくらいの雰囲気です。
野口先生の前に行っただけで治る、みたいな?
そうですね。
野口先生は何歳でお亡くなりになったんですか?
65歳です。1度自分のブログに野口先生の死因を書いたら、そのブログが炎上してしまったことがありましたが、先生は、くも膜下出血で亡くなられました。指先に力をこめる人は首の後ろに圧が来るんです。僕も2度ほど死にそうな思いをしたことがあります。ですから整体師はカルシウムを取るなど自衛をしたほうがいいです。野口整体は一瞬グッと親指の先に力を込めますからね。
私は野口整体と野口体操を混同してしまっているところがあります。ここで少し野口整体と野口体操の違いを少しご説明していただいていいでしょうか?
以前朝日新聞で「二人の野口先生」という特集を組んだくらいこのお二人は重要な方々です。姻戚関係はありません。ただ偶然、二人も名前が野口で時期も重なっています。

野口整体を作られた野口晴哉(はるちか)先生は日本屈指の身体思想家です。古今の東洋医学のメソッドを自分の整体法に取り入れ、気の流れを調整することで人間が潜在的に持つ自然治癒力を呼び覚ますという独自の整体法を確立されました。いわゆる一般的な「整体」や「整骨療法」といった物理療法とは違います。

野口体操を開発されたのは野口三千三(みちぞう)先生といいます。芸大で長く体操を教えられていた人で、身体のパフォーマンスを研究して「野口体操」を創始されました。芸大時代、坂本龍一さんも野口体操を習われているそうです。野口晴哉先生がされていたことは言語化できないんですが、野口体操はある程度は言語化できるのが特徴だと思います。実は、野口三千三先生のご自宅の近くに住んでいたので、野口三千三先生のところでも勉強させていただいています。
(三千三先生の直筆の書類を見ながら)これは貴重な資料ですね。
中学のときにだいたいこういう方向に進もうと思っていたとおりに、物事が進んで行っていますね。

マルクスの本も読みましたし宮沢賢治の本も読みました。様々に本を読むなかで、一番心に響いたのは実は野口晴哉先生の考え方でした。

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