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  2. 21世紀に生きるエドガー・ケイシーの教え
  3. 第9回「自分が大事にしている曲と同じように、何かオリジナルな曲を一曲でも作ったことありますか? それを人生でやりなさい、ということ。僕は神戸元気村での7年半では、そういうことをずっとやってきた。」

第8回 「真実の自分になる」ということが、コーチングをはじめとして、私の全ての仕事でやっていることです。
どれくらいの期間歩かれたんですか?
1年。
下世話な質問ですが、その間の食費とか宿代はどうされてたんですか?
全部自分のお金。別に寄付を集めていたわけではないから、全部自腹。
神戸元気村では、ほぼ無報酬でお仕事をされていたわけですよね?
元気村は、多いときには9名スタッフがいたけど、全員手取り18万円はもらっていた。歩いている間はもらってない。でもテント持って寝袋持って歩いていたから、家賃もないし、車の家のローンもないわけでしょ。時々スーパーに行って『今日は赤飯食べよう』とか、それくらい。宿には1度も泊まったことはない。
1年かけて黙々と原爆の火を持って全国を歩いていても、誰もほめてくれず、ありがとうと感謝もしてくれず、そんな中で『なんで僕は一人で歩いているんだろう?』とか『なんて馬鹿馬鹿しいことをしているんだろう』といった思いが頭をよぎることは1度もなかったんですか?
それは人が教えてくれた。その馬鹿馬鹿しさは。

僕はいまだに仙台の町が好きじゃないんだけど、それは何故かというと、NHKの仙台支社の報道部の人で、僕のやっていることを嗅ぎつけた人がいたんだ。彼は自分も関わりたいと何度も電話してきた。「そういうことは神戸の事務所を通してほしい」と返事をしていたんだけど、目茶目茶しつこい人で、結局彼が何をしたかというと、星野村の村長に電話をして『こういう人が原爆の火を持って歩いていますが、ご存じですか』というわけだ。

僕は北海道に向け一人で歩いていたから、星野村に連絡もしていなかったし、そういう発想もなかったんだけど、結局彼は、僕が自分の欲や自分の名前を売りたいがためにそういったことをしていると、その人自身の価値観の中で判断して、僕が立ち回る予定にしていたところに片っ端から電話をして、僕の行為を潰しにかかった。『あの人は偽物です。星野村は彼の行為を認めてないし、第一、原爆の火ではありません』と先回りして言いまわった。

道庁を廻って青森に降りた頃は自転車だったんだけど、自転車を押して歩いていたらその人が車でやってきた。目茶目茶怒っているんだ。『なんでボクがこんなことをやっているか分かりますか?』 彼の話を聞いたことで、ようやく理解できた。世の中の人にとって僕がやっていることは何の意味もないということが。

それからは自分の予定をHPに乗せたりしないで、黙々と広島にその火を戻すという、その思いだけで歩いた。
自分の名前を売りたい人や欲で動く人は、1年間も一人で歩いたりせず、もっと効率のよい行動をされると思うんですが・・・。考えてもいなかったことで人に攻撃されたり、悪く言われたとき、バウさんはどうされたんですか?
そのボリュームにもよるね。NHK仙台放送局の人の場合、名刺の大きさで動いていたわけだ。過去も素性も分からない変なおじさんが歩いている、それだけで攻撃してきた。そして東北の人は、みんなその人のいうことを信用してしまった。NHKの仙台放送局に行ってどやしつけることもできた。でもそこで自分の正しさを言ってみたところで火は広島に戻らない。僕はその火を広島に返して初めて自分が請け負った仕事が終わる気がしていた。

京都には大文字焼きなど大きな火祭りが3つあるんだけど、その年の大晦日、その3つの火祭りがその広島の火を使って行われた。8月6日以外で火祭りがあるのは歴史的なこと。その火は京都の市役所の入り口に今でもあるし、100年間灯り続けることになってる。

そういうふうに嬉しいこともたくさんある。だからNHK仙台放送局の人がやったようなことは、あまり考えないほうがいい。考えてしまうと、その人の頭の中に入っていかないといけない。違うサイズの頭に。でもそれはあまり意味のないこと。揶揄や中傷、偏見とかいろいろあったけど、『相手にしない』ということではなく、その人の頭の中に入っていくのを止めただけ。その後はただ黙って歩いた。

その火はどうなったかというと、2000年最後の満月の日に広島の人が集まって、原爆の日とは違う日にその火を使って灯籠流しをやってくれた。21世紀になってからは、毎年星野村に火をもらいにいって灯籠流しをやっている。
バウさんが広島に持って帰った火は広島では保管されていないんですか?
保管しているのは京都市役所だけ。それに保管してもらおうと思ってやったわけじゃないし、広島の人が星野村に行って火をもらうほうが貴重だと思ったから。前の秋葉市長に、平和公園の中に広島の原爆の火を置いてほしいと何度か頼んでみたけど、結局誰も相手にはしてくれなかった。それは仕方のないことだと思う。みな先例や常識のほうが大切だし、みなプライドがあるから、その中に僕は入っていけない。

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